「朝に見送ったら、もう帰ってこないかもしれないと思って見送って上げなさい」というどなたかの言葉を思い出し、ラムが、室内だけでなく外の世界でも生きる事を選んだ時から、十分覚悟はしていましたが、あまりのショックで今も心の整理ができていません。ですが、ラムが家に来てくれた(2005年5月21日土曜日 小満)事も生涯を閉じたこの日の事も同じように、時間の経過を記憶に残したいと思いブログにもどってきました。
「ラム死んだかもしれへん。何してんの男ども早く見てきたって!」という母の声が自室に聞こえました。「来る時が来たのかもしれない。でもラムじゃないように」と願いましたが事実を受け入れるのが怖くて胸がいっぱいになり、その場をを動くことが出来ませんでした。5分程してからリビングに行くとシーンとしていたので、やっぱりラムだったんだと確信しました。目を真っ赤にした母が、「ラム死んでんで」とぽつりと言いました。事務所に行くと数日前に注文をした風船が届いてるのを見て、やるせない気持ちでした。(クリスマスにラムと一緒に撮ろうとしていたので)
血のついた白い布で覆われた箱にラムが安置されていました。茫然自失となっていると弟が、「顔も綺麗やし、体も綺麗なほうや」と言ってくれたので、我に返り、足元から布をめくると、間違いなく私のラムのしっぽが、目に入ってきました。まだ体温が温かく、背中をさすってあげると柔らかなフワフワと滑りの良い毛並みをしたラムの感触と少量の血が手に伝わりました。顔は、水晶のような綺麗な目を開け、空を見つめているような穏やで愛らしい死に顔でしたので本当に救われました。切なくて切なくてどっと涙が溢れて止まりませんでした。
母と父が2台の車で家に帰ろうとした時に国道でラムによく似た色の猫が血を出しているのが見えたそうです。どこに車を止めたか分からないほど動揺した母は弟に「ラムいてる?」と聞くと「さっき見たよ。」と言った時に、お客様で母の同郷の○田さん(家でも猫ちゃんを飼われている方です)が、ショールームに来られて「ラムちゃんいてる?」と聞いてくれたそうです。すぐに、父と従業員さんと○田さんが、箱をもってラムの遺体を確認し、○田さんが、率先してラムを抱き上げてくださり、父が箱に受けてラムは家に戻って来ました。いつのまに作業を終えたのか分かりませんが、父は庭で自分が植えた柿の木の隣に穴を堀って、埋葬の準備をしてくれていました。ラムは私が庭で土を耕したり、花を植えていると、どこともなくチリンチリンと鈴を鳴らしながら寄って来て、そばでジーと箱ネコスタイルで見守ってくれる子でした。ここでモグラをとったり、バッタをとったりイチゴミルク(セージ)の下で昼寝をしたりしていましたので、お気に入りの場所だったと思います。なので、この庭に永眠させて上げる埋葬法を選択するつもりでした。
2時間ほど、遺体を安置し供養をした後、決心をしてラムを箱から抱き上げ、母と一緒に庭へ下ろうと歩きだした時、お客様がまともにいらっしゃって、母が驚いて「いや〜先生ええとこへ来てくれはったわ」と言うのでお顔を見ると○泉寺の○葉 御住職(教わりはしませんが、通っていた高校で教鞭をとられていました)が目の前に立っておられました。世の中には本当に不思議な事が起こるものだと私も度肝を抜かれるほど驚きました。「おお〜可哀そうに!何ていう名前やったん、ラムちゃんか〜何歳やったん」とラムの顔を見ながら優しく声をかけて下さいました。お話をしていると、御住職もネコちゃんを10匹ほど飼っていた時期もあったそうで、今は猫2匹とわんちゃんを飼っていらっしゃる事が解りました。ラムを事務所の丸テーブルに安置し、庭に咲いているお花を沢山とってきて、生前食べていたキャットフードと煮干し、マグロとおじゃこ(弟がいつの間にかスーパで買って来た)を置き、お線香と蝋燭を灯した後、御住職から私にとっては特別に有難い、お経を頂きました。ラムの顔のまわりにお花を入れていた時、動物好きの取引先の社長と、猫ちゃんを飼っていらっしゃるお客様でラムを可愛がってくださっていた○本さんが、入ってこられて、ラムの顔を撫でて、「猫は死んだら、何か生き物となって現れてくれるんですよ」とおっしゃいました。私は、ただただこの不思議な(両親と○田さんに、亡くなって間もなく発見され、御住職にお経を頂き、そして愛猫家の方に見送られた)御縁に驚きと感謝でいっぱいになりました。
御住職に「ラムは、この日に死ぬことになっていたんですか?ラムは車の音が大嫌きらいで、非常に車に警戒心が強くて、機敏な動作をする猫だったんです。国道を渡る事はないと思っていました」と聞くと「いつもいかないような場所で、何か誘われるようにして死にい行くんやな〜」とおっしゃいました。
御住職、お客様が帰られた後、ラムを抱き上げ下の庭に行こうとすると、またお客様がいらっしゃって、ラムとの最後のお別れは、2時20分頃に終わりました。「ラム、家にきてくれて本当にありがとう。沢山沢山癒してくれたね。ラムとの数え切れない思い出は、一生忘れないよ・・もう一度、ラムちゃんのお腹を顔にあててモフモフしたり、口元にすりすりしたいよ〜。ラム〜ラム〜と言って御飯をねだってよ。私の肩に飛び乗ってグルグル言いながら首筋なめてよ。天国に行って先に逝ってしまった猫ちゃんと仲良く遊んでね」と声をかけながら手で土を盛りました。
1時間程すると、今年見る初めて見る雪がチラチラと降って来ました。
ラムが命を閉じた場所に行くと、30センチ程の血が流れてた跡が(弟が処理をしてくれましたが)はっきり残っていました。ラムは、右の首辺りを強く打っていましたので、首輪の鈴の損傷具合と血の量、倒れていた位置から推測すると即死だったと思います。一旦道路を渡って自宅方面に帰ろうとしていた時に、不運にも撥ねられてしまったようです。鳥を追いかけて道路を渡ってしまい、車の轟音でオロオロにしながら帰ろうととしていたのか、発情期だったのか、除草剤でフラフラになっていたのか、、以前から道路を渡って縄張りを拡大していたのか、何秒間、恐ろしい思いをしたのか、1秒もない一瞬だったのか、今さら考えても取り返しのつかない事ばかりを考えています。
命日の夜、ラムの姿を追うように外に出てみると、たしかチラッと今日見たミカン箱を見つけました。良く見ると、事務所の隣にある庭用に買ったビオラとロータスブリムトーンが届いていたのです。(ラムと一緒に撮影しようと思っていた)今日起こったすべての共時性の事とラムの姿を思うと、涙が溢れて、夜は眠れませんでした。
ラムは、今日、お釈迦様のお弟子さんになって、虹の橋に旅立ちましたが、家にはまだラムがいてるように思えて仕方ありません。ラムが私に残していったものは、あまりにも思い出がありすぎて、これからもずっとラムの面影と共に生きて行きたい思っています。
12月18日、○葉 御住職が、ラムの墓標を届けにいらしてくださいました。
法名 釋 羅夢 です。
最後に、ラムのブログを訪れてくださった皆様、本当に有難うございました。
僕は、虹の橋に旅立ちました。(ラム)
さようなら。また戻ってくるね。
僕は、見えないけどいつもゆうちゃんの近くにいてるニャン。
僕は、ここに眠っています。



















